タイトル
カリスマCEOの呪縛
The Curse of the Superstar CEO
カリスマCEOの呪縛
The Curse of the Superstar CEO
著者
ラケシュ・クラーナ
Richard S. Tedlow
ラケシュ・クラーナ
Richard S. Tedlow
掲載
Februray, pp.36-39, 2010. (in Japanese Edition)
Februray, pp.36-39, 2010. (in Japanese Edition)
序文
CEOには何より「カリスマ性」が期待されるが、現実には業績との相関性は乏しく、企業文化が損なわれたり、赤字や破綻にいたるケースも少なくない。本当にカリスマCEOが必要なのか、理性的な判断が求められる。
CEOには何より「カリスマ性」が期待されるが、現実には業績との相関性は乏しく、企業文化が損なわれたり、赤字や破綻にいたるケースも少なくない。本当にカリスマCEOが必要なのか、理性的な判断が求められる。
要約
カリスマCEOを誰もが求めるが、そこには以下のような問題がある。
- ほとんど信仰に近いため、CEOが与えうる影響が過大評価されている。
- 「CEOにはカリスマが必要だ」という(多くの場合誤った)信念のために、有力なCEO候補が見過ごされ、CEOの仕事に向いていない人がCEOに着いてしまう。
- 「組織の安定性」という点からは、良い悪いは別にして、脅威である。その脅威が危険すら招く。
実際に大きな出来事は社会的要因や経済的要因、偶然などのそのときの状況に大きく依存しているが、人には、「根本的な帰属エラー(Fundamental Attribution Error)」があるため個人の影響を過大評価する傾向がある。実際には、業績変動の30〜45%が業界の事情に、10〜20%が経済全般の要因に帰属するという調査結果が多い。(逆に言えば、企業の業績が落ち込むと、取締役会はそのときの情勢を省みずに、反射的にCEOを非難し始める。)
また、「組織の安定性」という点でみても、過去のカリスマと呼ばれたCEOたちは「故意に組織の安定を崩す」ところがある。安定の喪失は、さらに活気ある企業に変革させる効果もある。しかし、組織内が混乱するという場合も多い。また、CEOの一個人の力量だけに基づいたシステムでは、「何代にも渡ってカリスマ・リーダーが続く」と期待する形となり、結局運任せの不安定な組織ということなる。要するに、そのカリスマが去った後には組織には問題が山積みとなる。
信仰が悪いわけではない。信仰心というものが、「カリスマために汗を流して頑張る」ということを引き出すからである。しかし、大切なことは、「カリスマ(=「過去の栄光」)を持った人」として信仰する前に、そのCEOが実際に会社をどのような方向に導こうとするのか、その方向は将来有望な方向なのか、競争力が引き出せる方向なのかを検討する必要がある。すすなわち、「信仰と理性」の両方が必要となる。
感想
勿論カリスマは必要だろうけど、それだけではダメだという話。
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